福島県会津若松市は、戦国時代に葦名・伊達・蒲生・上杉・保科・松平とあまたの大名が治めた歴史があり、それに由来する史跡名所が各所に点在する歴史と文化の町として、全国的な知名度を誇ります。

また、幕末戊辰戦争では旧幕府は(東軍)として最後まで抵抗したため、会津が激しい戦場となりました。悲劇として有名な「白虎隊」はこの戊辰戦争でのエピソードです。

観光スポット案内

  • 鶴ヶ城

    鶴ヶ城

    今から625年ほど前に、葦名直盛が東黒川館を築いたのがはじまりといわれ、蒲生氏郷が七層の天守閣を築きました。その後、加藤時代に現在のような五層の天守閣になりました。戊辰戦争では約1ヶ月の激しい攻防戦に耐え、難攻不落の名城として知られました。国指定史跡。

  • 会津藩主松平家墓所

    会津藩主松平家墓所

    明暦3年(1657)に初代保科正之の嗣子正頼が亡くなったときに造営されました。二代藩主正経から九代容保の墓、歴代藩主の側室、子女の墓が立ち並んでいます。二代は仏式で葬られていますが、他の藩主はすべて神式の形態をとっています。壮大な規模と歴史的宗教的景観は、わが国有数の大名家墓所として高い評価を受けています。国指定史跡。

  • 白虎隊の墓

    白虎隊の墓

    白虎隊は戊辰戦争で戦った16歳~17歳の少年たちで、墓は鶴ヶ城の北東飯盛山の中腹にあります。火に包まれた城下を望みながら少年たちは若い命を散らしました。

  • 御薬園

    御薬園

    殿様の別荘として使われ、会津藩二代藩主正経が薬草を栽培したところから、この名前が付けられました。今も約400種類の薬草が植えられています。国指定名勝。

  • 七日町通り

    七日町通り

    毎月7の日に市が立ったところから名づけられた町で、城下町の中心、大町四ツ角を起点とした会津五街道のうち越後街道、米沢街道、日光街道が通る西の玄関口でした。現在も昔ながらの蔵や木造、洋館の店が点在するなつかしい町並みを見せています。

  • 東山温泉

    東山温泉

    約1300年前に僧行基によって発見されたと伝えられる古い温泉で、無色透明なお湯は胃腸病、婦人病、神経痛、リウマチなどに効用があるといわれています。かつて新撰組の土方歳三が傷を癒したり、東山の温泉情緒を愛した竹久夢二や与謝野晶子など多くの文人歌人が訪れています。

  • 芦ノ牧温泉

    芦ノ牧温泉

    大川の渓谷に沿って広がる自然景観に恵まれた温泉。江戸時代から湯治場として利用されてきました。湯量も豊富で、神経痛、胃腸病、皮膚病に効果があります。温泉街には足湯があり、近くの自然散策路を逍遥するのもおすすめです。露天風呂をもつ宿が多くあります。

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歴史名所・史跡案内

  • 近藤勇の墓

    近藤勇の墓

    土方歳三が会津に来援した時に建立したといわれています。天寧寺墓地にあります。

  • 如来堂

    如来堂

    斎藤一を隊長とする会津新撰組が西軍と死闘を繰り広げた場所です。

  • 旧滝沢本陣

    旧滝沢本陣

    参勤交代や領内巡視の際の殿様の休息所。戊辰戦争では藩主松平容保が指揮をとり、白虎隊も出陣しました。弾や刀傷の跡が残っています。国指定史跡・国重要文化財。

  • 神指城跡

    神指城跡

    慶長5年(1600)会津領主上杉景勝によって計画された未完の城。直江兼続の指揮のもと工事が進められたが、徳川家康の進軍によって中断。現在は二の丸跡に土塁が残るのみです。

  • 直江兼続屋敷跡

    直江兼続屋敷跡

    蒲生時代からの一等地で、上杉景勝の執政直江兼続もここに住まいしていました。関ヶ原の戦い後、上杉家は米沢に移されましたが、後に忠臣蔵の赤穂浪士を教育した兵学者山鹿素行が生まれた場所でもあります。

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  • こづゆ

    こづゆ

    冠婚葬祭に欠かせない郷土料理として、現在も家庭で作られています。干貝柱のだしで里芋、人参、しいたけ、糸こん、豆麩などを煮、塩や醤油で薄く味付けした具だくさんの汁物です。

  • にしんの山椒漬

    にしんの山椒漬

    身欠きにしんと山椒の葉を交互に重ね、酢と酒、醤油で漬け込みます。そのままでよし、軽く火にあぶってもよし、酒の肴に最適です。

  • ソースカツ丼

    ソースカツ丼

    会津米のごはんの上に、千切りキャベツを敷き、その上にソースに浸した揚げたてのトンカツをのせる。大正時代から親しまれてきた庶民の味です。その味もお店によっては微妙に異なります。